エリカ in マイアミ(13.1.4)

 米国ボストンにいるエリカさんは、正月はすることがないので友人達とマイアミまで旅行に行ってきたそうです。マイアミはmichanも行ったことがあり、アリゲータや珍しい鳥類等がいる国立公園の湿原が良かったよと言っておいたのですが、そこへも行ったみたいです。その他、これでもかと言うほど楽しんでたようです。写真がきたのでアップしておきます。アルバムへ。

大晦日、正月(13.1.2)

 29日夜にトモユキくん家族が来ました。語学留学でボストンに行っているエリカさんを除いて30日には全員集まりました。マコトくんもシンガポールから帰り、夜にはスカイプでエリカさんと皆で一時間ほど話しました。マイコさんとマコトくんは友人と会うと言って家に落ち着きませんが、ユハルくんとユマちゃんとは二日間遊べました。
 県病院へ入院中の高部のじいちゃんの見舞いにも皆で行きました。その帰り、見ました。見たのです! トモユキくんが手を出して、アヤさんと手をつないで歩き始めるではありませんか。まあ、どおってことないですが、二人のガキを生んだ夫婦がしますかね。うらやましー。
 31日にトモユキくん達は松山空港から帰りましたが、前回、ユハルくんが空港や飛行機内で暴れたと聞いていましたが、今回、搭乗口ロビーで暴れ始めたのをガラス越しに見ました。じいちゃんと離れたくないと泣いてるようでもなし、飛行機が何となく不安なのかなあ。
 美人妻はおせち料理を、毎年のことですが夜寝ずに作りましたが、元日の朝、じいちゃんが調子悪いからと、皆そろっての朝食にはなりませんでした。残念でしたが、数日前からじいちゃんばあちゃん共、ウイルス性の疾病だと思うのですが調子が悪かったのです。そして、その頃から michan も調子悪くなり始め、全く食欲がなく正月を過ごしました。アルバムへ。

今治バルーンフェスタ(12.10.27)

 佐賀県のように熱気球の大会を開けるよう、今治でも熱気球を広めようという運動があり、10月20日(土)、21日(日)、27日(土)、28日(日)と、熱気球の搭乗体験や気球教室のイベント、今治バルーンフェスタが開かれました。
 27日午後、美人妻と今治港沖洲広場にて搭乗してきました。ロープを繋いだまま十数メートル上昇して、しばらくして着地しますが、その間、約5分程です。michan はバーナー部分に興味があり、そこの写真を撮ってたら、気が付いたらもう着地してました。
 どうせなら数百メートル上昇して、風まかせしかありませんが乗せてほしかったですね。はたして来年も開催できるでしょうか。アルバムへ。

歌舞伎鑑賞(12.9.9)

 美人妻が、娘達とイッちゃんと歌舞伎を観にいく相談をしていました。michan も歌舞伎については興味を持ってきたところでしたので、「日曜日ならオレも行こうかなぁー」と言うと、「・・・・・」。ほーかほーか、女だけのほうがいいのか。michan は独りで留守番をしましたよ。
 大阪松竹座での六代目中村勘九郎襲名披露を含む公演で、3つの演目と口上で4時間もやるんですね。昼と夜は違う演目をやってます。相当重労働みたいだ。当然、公演中の写真撮影は禁止されていたようで、役者の写真がないのは残念だね。michan も、そのうち観にいくぞ。アルバムへ。

宮古島旅行(12.9.3~7)

 美人妻へのメールで、トモユキくん達家族が宮古島へ旅行に行ってたことを知り、様子を知りたくて写真を送ってもらいました。小さな子供達を連れてよく行ったものだ。michan は宮古島へは行ったことないですが、写真に写っている綺麗な景色やユハルくんの活躍?を見て楽しませてもらいました。で、ここに勝手に掲載してやりました。アルバムへ。

お盆(12.8.10~20)

 今年のお盆は、トモユキくんは帰れないそうなので、アヤさんとユハルくんとユマちゃんがやってきました。大三島へも帰りますので、お盆の前後はこちらに滞在しました。マイコさんも合流できてよかった。ユマちゃんはもうすぐ歩きそうですねー。ユハルくんはオリンピックへ出ますので、こちらでも鉄棒の練習を欠かせません。michan手作りの鉄棒が役に立ってよかった。
 後半は海にも行きましたが、ユハルくんは水泳でもオリンピックに出るかも知れません。砂浜を歩くだけで泣いてましたが。飛行機での帰りに、ユハルくんは靴を投げまわって、アヤさんは大変だったらしい。アルバムへ。

太陽光発電設置(12.8.9)

 ずっと検討していた太陽光発電を設置することにしました。太陽光発電システムのことを漸く理解できるようになり、設置における注意点も解ってきましたので、何社か業者に見積りしてもらい、松山の会社に発注しました。個人宅の場合、発電した電力の全量買取ではなく、自宅でまず消費して余剰分を高く買い取ってもらえるシステムですので、多く余剰電力を出すため大きめのパネルにしました。南側の屋根に設置できる最大のパネルにすると6.5kwになりました。個人宅用では大きいほうでしょう。
 7月中旬から工事に取り掛かる予定でしたが、雨で延び延びになり、完成したのは7月30日ですが、四国電力の確認検査が8月9日で、それから漸く売電できるようになりました。工事は実質2日間の工事量でしたが、真夏の炎天下、陰の無い屋根上での取り付け作業と、蒸し風呂のような屋根裏での配線工事をテキパキこなしていました。
 発電量や売電量を液晶モニターで確認できますので、これは毎日楽しいです。それと共に節電意識が益々高まっていきます。全てのデータはパソコンへダウンロードもできます。現在、日本で10kw以下の個人宅用は約70万件設置されていて、毎月2万5千件くらい申請されています。国の政策次第でしょうが、暫くは増え続けるでしょう。アルバムへ。

マコトくんシンガポールへ(12.7.22)

 マコトくんは今年就職しましたが、2年間ほどシンガポールへ研修に行くことになり、送別のためマイコさんとエリカさんも22日(日)に日帰りで帰ってきました。松山空港から羽田経由でシンガポールでしたので、松山のイタリアン「トスカーナの休日」で食事して空港まで見送りに行きました。
 マイコさんは松山駅から帰る予定でしたが、急遽空路に変更して、同じ松山空港から伊丹まで一足先に帰っていきました。
 松山空港では、予想外でしたが、マコトくんの同期の仲間が10人あまり見送りに来てくれていて、彼等と一緒に見送ることとなりました。
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護衛艦見学(12.7.15)

 今治港開港90周年記念イベントとして、富田埠頭で海上自衛隊護衛艦「さざなみ」の一般公開がありましたので1人で訪船してきました。護衛艦はめったに寄港しないし、興味深く見ることができました。800億円もするそうですが、今、円高で一般商船を建造するのは大変ですので、ここは一つこういった軍艦を建造できないか検討くらいしてみましょうか。アルバムへ。

芝生再び(12.7.1)

 家の東側の小さな庭園の通路部分に雑草が茂り、見苦しいので何かよい方法はないかと考えていましたが、たとえば敷石を敷くとか、玉石を敷き詰めるとかですが、芝生でもきれいだろうと再び芝生に挑戦することとしました。以前は西洋芝にこだわって、うまくいかなくてついに諦めましたが、今回は無難な日本芝を選びました。
 下地に石灰を混ぜ、入念に高低差も考えながら処理をして、6月30日(土)の午後に20平米分の苗を届けてもらい一気に敷き詰めました。繋ぎ目にちゃんと目土も入れ、丁寧に仕上げました。6.5平米も余りましたので、西側裏口からの扉周辺にも簡単な下地処理で敷きました。種子からではないので気が楽ですね。でも最低限の手入れはしていかなくちゃいけないでしょう。冬はオーバーシードするかどうかその時考えましょう。アルバムへ。

アルミ庇移設(12.6.20)

 ずっと以前に、2階のベランダに美人妻用に屋根を取り付けました。雨が降っても洗濯物が干せるように、アルミカーポート2セットを改造して、そして暗くならないようにポリ板の屋根にしました。そのうち台風でポリ板が2枚飛んでいってしまったし、子供もいなくなり洗濯の回数も減り、あまり屋根の必要性がなくなってきていましたので、修理するより取り壊すことにしました。
 取り壊している最中に、美人妻が、勝手口を出たところに屋根があれば、雨の日もゴミの処理等に役立つと言い出しましたので、その材料をさらに改造して勝手口の庇(ひさし)とすることにしました。ついでに地面にもセメントボードを敷き詰めてみました。アルバムへ。

父の日食事会(12.6.17)

 17日の父の日にみんなで食事会をしました。と言うのも、じいちゃんのほうがみんなにプレゼントを渡したいと言うので食事会を開きました。レオ様も初めてのメンバーとして参加しました。ばあちゃんにはいじめられていましたけれど。じいちゃんばあちゃんをほったらかしで子供達だけで騒ぎながら、料理もおいしくいただきながら、楽しい食事会になりました。じいちゃんも大変楽しそうでしたのでそれが何よりでした。アレで・・・ウン。アルバムへ。

太陽熱温水器移設(12.5.4)

 エコライフにこだわるようになってきて、そろそろ太陽光発電を取り入れようかなと思うようになりました。ところが、屋根の南側斜面には太陽熱温水器が座っています。これは以前の家から20年以上使っているもので、省エネ度ナンバーワンといえると思います。とっくに元を取っていてタダでお湯が手にはいるのですから。何度か修理しながらもよう捨てません。
 太陽光発電しようとすれば、発電パネルをこの南側斜面に取り付けるべきでしょう。そうすると決めたわけではありませんが、思いついた時すぐ発注できるように、太陽熱温水器をこの連休中に西側斜面に移設することにしました。
 一人ではちょっと大変そうなので、マコトくんに手伝ってもらうつもりでいましたが、どこかに行ってしまいましたのでマイコさんに手伝ってもらいました。身は軽いし、何よりメカのことが解っていてホント助かりました。後でエリカさんも来てくれました。配管の模様替えも含めて2日間で移設できました。
 さて、太陽光発電の見積もりでも採ってみましょうか。アルバムへ。

高部ダイヤモンド婚記念日(12.5.3)

 5月3日は美人妻の御両親のダイヤモンド婚(60周年)記念日でした。4月29日に高部の自宅で子供達でお祝いをし、5月3日に孫達中心に焼肉店で食事会をして、自宅で記念品を渡していました。
 michanも驚きましたが、孫一同からのプレゼントとして、マイコさんが皆から思い出の写真を提供してもらってフォトブックを作っていました。それと、じいちゃんばあちゃんの名前を折り込んだ心温まる詩の色紙を作ってもらってプレゼントしていました。
 じいちゃんばあちゃんはお疲れだったでしょうが喜んでいただけたようです。ナオキくんとユウキくんは4日と5日に会いにきました。
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韓国旅行(12.4.2)

 美人妻がグループツアーで2泊3日の韓国旅行に行ってきました。初めての海外旅行でそれなりに楽しんできたようです。michanは仕事ですので独りで過ごしましたが、久しぶりにそれもまた楽しかったかな。美人妻が撮った写真をアップしておきます。アルバムへ。

隣接タオル工場火事(12.3.31)

 小雨の土曜日の朝、7時45分頃、パチパチという外からの音に窓を開けると、道路を隔てて隣接しているタオル工場の屋根から火柱が上がっているではありませんか。火事です。驚きましたが、既に消防署には連絡をしていることを確認したので、また、個人レベルでは何も出来ない規模ですので特にあわてもしませんでした。
 長さ50mくらいの工場で、火災の中心部がだんだん近づいてくる感じでしたが、結果的に、屋根は焼け落ちたところもありましたが、壁は木造ではなかったので崩れませんでした。内部はほぼ全焼ですが、後日、前を通っても火事があったと気付かないくらいです。
 消防車は、michanとこのすぐ前にも来てましたが、かなり遠くからも約10台くらいが消火にあたっていました。他の地区からの消防団員も多く来ていました。知り合いも来ていましたが、普段と違い、テキパキと同僚を仕切っていて見直した奴もいました。
 michanちは全く被害はありませんでしたが、休日の朝から昼までとんだ騒動でした。でも、消火活動を最後まで見届けられましたし、近くの消火栓の位置も確認できました。火事の原因は、雨漏りからの漏電ではないかと思っていますが、オーナー夫婦は近所にお詫びにまわっていました。これからがまた大変でしょう。アルバムへ。

志島ヶ原梅林(12.3.11)

 東日本大震災から一周年の3月11日に、じいちゃんばあちゃんを連れて志島ヶ原の梅林を見にいってきました。今年は梅の開花が遅く、この時期がちょうどよかったようです。ここの梅林はそうとう老木が多いですが、隣の敷地に若木も植えられています。2人とも何とか歩けました。帰りにうなぎを食って帰りました。アルバムへ。

正月(12.1.1)

 エリカさんとマイコさんが美人妻のためにバースデーケーキを作ってくれました。1月1日はミズホさんの誕生日でもあります。今年はユマちゃんとユハルくんがいない正月で、michan はずっと元気がありませんでした。じいちゃんばあちゃんとはいつも通り一緒にお屠蘇とお雑煮をいただきました。まあ、エリカさんだけがたくさん飲んでましたが。そして、2日は成人式用の振袖を着せてもらってはしゃいでいました。初詣は吹き上げ神社に行ってきました。アルバムへ。

復興支援サンタクロース(11.12.22)

 マコトくんが震災復興ボランティアにどうしても参加したいと言うもんですから、12月22日からの、「チーム愛媛」主催「復興支援サンタクロース」イベントとして、マコトくんを連れて再び東北石巻へ行ってきました。今治市内の会社から寄付してもらったタオルやお餅や、南予からミカンもたくさん託っていましたので、それらをワンボックスカーで運んで石巻渡波佐須地区周辺の仮設住宅の人達に、サンタクロースの衣装を着て配って回りました。マコトくんは滋賀県の草津PAでピックアップしましたが、女性2人を含む6人のチームでの遠征でした。

 22日20:00 NPO今治センターを出発。道路凍結の恐れがありましたので、北陸道、磐越道を避けて、2時間ほど長くかかりますが、東名高速、東北道を通りました。交替で運転しながら23日14:00 佐須地区の仮設住宅に到着しました。翌日が吹雪の予報でしたので、準備をして、暗くなってもその日のうちに配り終えました。そして、予定外でしたが仮説住宅内で、磯の香りたっぷりのご馳走をしていただき恐縮しました。宿泊は仙台市の宮城県総合運動公園(グランディ21)まで移動して、ミーティング後、寝ました。
 24日は被災地の復旧状況を視察して回りました。石巻西側の造船所周辺は大きな被害を受けていて、瓦礫は何とか撤去されていましたが、半壊の住宅の多くがそのままです。そして、瓦礫の集積場にもなっていてダンプカーの通行量が多いです。
 そこから出来るだけ海岸線を利用して岩手県まで北上していきました。女川町の標高の高い位置からは、雪化粧の牡鹿半島とリアス式海岸が眺められ非常に美しい景色でした。早朝、出発後に立ち寄った松島も綺麗でした。
 石巻市釜谷地区にある大川小学校は、多くの小学生と教師が犠牲になり注目された公的施設ですが、周辺は全て瓦礫が撤去され小学校だけがポツンと手付かずで残されています。10月に設置された慰霊のための母子像が悲しげでした。また、すぐ後ろの山の斜面を登る困難さも目の前で確認しました。でも、滑りながらでも無理やり山上方向へ逃げさせてたら多くが助かってたかも知れんと、後では思えます。
 気仙沼の魚市場は再開していると聞いていましたが、行ってみると漁船の係留岸壁と市場の床半分は、満潮時冠水していて、よくこれでやれるものだと今でも不思議です。近くの道路も冠水しているところが多く、これまで見てきた岸壁は全て地盤沈下していて大問題の一つです。既にかさ上げしているところもありましたが。ちょうど私たちが立ち寄った24日は、気仙沼の仮設商店街のオープンの日で、賑やかなイベントが行われていました。近くのガタガタの建物群の中でひときわ輝いていました。全ての交差点の信号機は未だ作動してなく、警視庁からの応援でしょう、いたるところで警察官が警笛と手信号で交通整理していました。(25日から約7割の信号機が復旧したそうです。)
 気仙沼から東北道に出て帰るのですが、平泉が近いので中尊寺に寄ってきました。前回と違って営業時間内ですので金色堂も見てきました。ただ、拝観料800円は高いですよね。内部は撮影禁止になっていましたのでたくさん撮ってきました。でも、雪の中尊寺もきれいなものです。雪が多ければもっと良かったかも。今治までは同じルートを通り、25日08:30 帰着しました。

 今回もわずかな滞在時間でしたが、しかも一部の地域でしたが、現地に立つとリアルタイムでそこの空気と情報を感じ取れます。まだまだ瓦礫さえ満足に撤去できてない地区もありましたが、明日への営みを始めた人たちも確実に増えてきていました。マコトくんも感じるところがあったのではないでしょうか。それにしてはずっと居眠りしてましたが。アルバム「復興支援サンタクロース」へ。アルバム大川小学校・気仙沼現状へ。アルバム中尊寺へ。

平泉中尊寺(11.11.26)

 「チーム愛媛」は、ボランティアとして石巻までワンボックスカーで10人が行ってきました。michanもその一員として往復2500kmの一部を運転もしました。25日15:00に出発したのですが、26日早朝、少し早く到着しましたので、リーダーが南三陸町も見ていきましょうと案内してくださり、しかも途中にある平泉中尊寺も世界遺産になったことだし、めったに見る機会もないだろうからと、夜明け頃のわずかな時間ですが寄り道をしてくれました。震災復興ボランティアに行くのに世界遺産観光しながらというのもおかしな話かも知れんので、それでもあまりに綺麗で驚きましたので別項でアップしました。早朝なので金色堂は見られませんでしたが。

 美しかった。なるほど世界遺産に登録されたのはそれだけの訳があるからなのだ。歴史を紐解いてみても確かに平安時代の奥州藤原氏の時代背景は、これはこれで興味が尽きない。しかし、とにかくこの空間の美しさはどうだろう。紅葉も残っており、それもあるだろうが道中の田園風景の美しさと繋がり、これぞ日本の美なのであろう。はたして人間がここまで意図して創ったものなのか、自然美なのか、不思議と考えようとも思わない。日本人に生まれてよかった、ホントにそう思う。芭蕉も、この空間をいかようにも切り取って言葉に置き換えられたわけだ。近所の家々の小さな庭の手入れの良さにも驚く。しかも自然なのである。さりげなく美しい。早朝でもあり、地元の人とはまだ会ってはいない。しかし、その純朴さは何を話さずとも想像できる。
 この美しさに神が嫉妬して定期的にこの地に試練を与えているのだろうか。
 震災後に、ある週刊誌のグラビアに三陸沿岸のかつての美しい風景が載っていた。他誌が酷い惨状をこれでもかと載せていた中、この写真家の視点とセンスに、そしてその景色の美しさに思わず涙した。それを思い出した。
 わずかな時間散策して帰り際、地元の人であろう散歩していた老夫婦に出会った。さりげなくやさしく挨拶して行かれた。

 ちょっとのめりこんで叙情的になってしまったぞ、まあいいか。でも、綺麗な田園風景を日本はTPPに参加して護れるんかね。アルバム平泉中尊寺へ。

震災復興ボランティア(11.11.25)

 東北石巻へ震災復興ボランティアに行ってきました。michanは震災直後は、軽い気持ちでは行けないぞと思っていて、その気は無かったのですが、先日、友人に誘われて、行かない理由が無いと気付きました。今治からは、震災直後からNPO今治センターが「チーム愛媛」を立ち上げて、毎週末、ボランティアに行って活躍しているのを知っていましたので、登録して参加することにしました。
 現地の状況の報道が少なくなっている中、「チーム愛媛」がベースキャンプ地としている石巻佐須地区で、仮設住宅へのアクセス道路の掃除を手伝いながら、時間を割いて女川町、南三陸町の現状も見てきました。テレビで見たことのある光景ではありましたが、それを目の前で見るのは、やはり違いがあると感じました。既にガレキはほとんど撤去されていて、住宅の基礎部分を残したサラ地になっていて、異臭や自衛隊員の姿も無く、震災直後とは別次元の光景なんでしょうが、やはり生活感の無い酷い惨状でした。
 ただ、これからの復興は、行政と民間の専門業者でないと出来ないだろうし、それらが始まりつつあるところでした。それだけに、自衛隊の貢献とともに、これまで全国から集まってきていたボランティアの人達の役割の大きさを改めて認識したのでした。行政や崩壊したコミュニティー内では、地元の人達自ら片付けることすら不可能だったんですね。そこへ、ボランティアの人達が手弁当でやってきて、手探りの中、地元の人達の許可を得ながら、また、怒られ役になりながら出来る範囲のヨイコトを進めていって今があるのだろうと、勝手に解釈しています。日本の政治力は弱いと言われていますが、それなのに世界の強国でいられる理由も、この辺にあるのかも知れませんね。
 学生5人を含む10人での今回の遠征は、滞在はわずか1日でしたが、現地の人の話も直接聞けましたし、夜のミーティング時もリーダーの貴重な体験談や学生達の「思い」を聞くことが出来、充実した時間を過ごすことが出来ました。特に学生達には良い機会だったはずで、この経験が将来きっと日本のために役立つだろうと確信できました。そして、災害復興ボランティアに参加することは、特別なことではなくフツーのことだと気付いたmichanでした。
 惨状の写真は何ほども伝えることは出来ませんが、少しだけ掲載します。アルバム「第26回震災派遣」へ。南三陸・石巻市内・女川惨状へ。

アヤさん第二子誕生(11.11.10)

 トモユキ君とこに長女が生まれました。アヤさんは出産のため一ヶ月前から県病院に入院していたのですが、予定通り10日に帝王切開で2612gの女児が無事誕生しました。名前は結真(ユマ)にしたそうですが、結遥(ユハル)と共に男女を間違われるでしょうな。
 アヤさんが入院しているあいだ、ユハルくんはアヤさんの御両親やmichanとこで面倒見てましたが、風邪気味だったのですが、咳がだんだん酷くなり高熱も出てきて県病院で診てもらうと、何と小児肺炎だとのことですぐ入院しました。ユマちゃんの誕生が10日でユハルくんは12日に入院で、同じ病院に親子3人で入院でした。ユハルくんには常時、美人妻やアヤさんの母上が泊まりで付き添いしましたが、ユマちゃん誕生よりこちらのほうが大事件でした。そして、michanや美人妻、michanとこのじいちゃんばあちゃん、アヤさんの母上と、みんな風邪引いて、それもあってこの一週間ホントに大変でした。
 18日(金)にアヤさんとユマちゃんの退院が決まり、ちょうど同じ日にユハルくんの退院も許されて、午後、michan宅へ帰りました。そして、トモユキ君も以前からこの日に会いに来ることにしてましたので、揃って集まることができました。20日午後に、トモユキ君は相模原に、アヤさんとユマちゃんは大三島に帰りましたが、大変な一週間と非常に楽しい2日間でした。ユハルくんはしばらくmichan宅で過ごします。アルバムユマちゃん誕生へ。ユハルくん入院へ。

アヤさん定期健診(11.9.21)

 ユハルくんファンのみなさん。ラッキーですねー、また見られますよー。
 アヤさんの第二子の定期健診で、我が家に立ち寄りましたので僅かな時間、ユハルくんと遊べました。前回より大きくなって、ほんの少しですが・・・。やはり、美人妻とは仲がよさそうです。大サービスでアップします。アルバムへ。

カオリと彼氏(11.8.13)

 カオリちゃん達が11月に結婚式を挙げるそうですが、その前に彼を今治に招いて、ヤエコさん達がお披露目会を開いてくれました。じいちゃんばあちゃんやケーコさん達、ツヨシくん達ほか17名が集まりました。ケイトちゃんは大きくやんちゃになりました。じいちゃんばあちゃんの家から近くの料亭です。
 イケメンの彼の自己紹介とか、我々も簡単に挨拶してご馳走をいただきました。サプライズでしたが、コージさんのウクレレとケーコさんの歌声で「Hawaiian Wedding Song」が披露され、盛り上がりました。ハワイの雰囲気が少し出ました。アルバムへ。

ユハルくんお泊り(11.7.16)

 16日(土)、17日(日)、18日(月)の三連休をユハルくんたちと過ごしました。丸三日間もずっと一緒に過ごすなんて我が子でも経験無いな。でも、それなりに面白かったぞ。
 アヤさんの第二子出産を県立今治病院でする予定ですので、その予約とか準備に、アヤさんとユハルくんは大三島に帰っていたのですが、ユハルくんがどうしてもmichanじいちゃんに会いたいと言うものですから、今治にお泊り保育に来ました。
 ユハルくんが歩くのを目の前で見られるのも初めてです。でも、まだ走らないぞ。走れないのか!?
 機嫌が良いときはホントに愛想の良いボッチャンで、まわりを笑わせてやろうといろんな芸を披露してくれます。ところが、機嫌を損ねるとどうしようもありませんな。これでもかと泣き喚き続けます。ママの出番です。風呂も拒否され、ついに入れられませんでした。美人妻は精神年齢が近いのか、良い遊び相手と思われて、なつくのが早そうです。
 小松の子安大師(香園寺)に参っていき、近くの中央公園で、興味を示さないユハルくんと無理やり遊んできました。アルバムへ。

小豆島(11.5.4~5)

 久しぶりに家族旅行で小豆島へ行ってきました。直前にもかかわらずホテルの予約が取れましたので、マイコさん、エリカさん、マコトくんにも連絡して5人の旅になりました。4日は「寒霞渓」、「オリーブ公園」、「小豆島大観音」、「島へんろ72番奥の院笠ヶ滝」、「エンジェルロード」を、5日は「二十四の瞳、岬の分教場」、その近くにある「二十四の瞳映画村」、「醤(ひしお)の郷」を観光しました。
 二十四の瞳は、michanは中学のとき読んですごく感動した記憶がありましたが、現地では、我々の小学校の時の教室とあまり変わらないのでそちらのほうでまた感動しました。映画村ではマイコさんたちは当時の貸衣装を着て楽しんでおりました。
 michanも見ていた檀れい主演のテレビドラマ「八日目の蝉」の舞台とロケ地も小豆島です。奥の院笠ヶ滝はドラマでも出てましたね。その他小豆島はオリーブも有名ですが、michanは醤油製品の一大産地でもあるとは知りませんでした。醤油工場の周りを歩くだけでもいい匂いと雰囲気を味わえました。
アルバム①へ。アルバム②へ。

卒寿祝い(11.5.3)

 じいちゃんの卒寿と二人の結婚62周年のお祝いに、食事会をじいちゃんとこの座敷でおこないました。アユミさんやマイコさんも少し参加できました。テーブルにはありきたりのものですが、おいしいものがいっぱいあつまりました。そして、そのせいか飲みすぎていたヒトが二人ほどいたみたいです。

 春の膳 卆寿祝いに 曾孫来る    キヨカ

アルバムへ。

糸山花見(11.4.9)

 じいちゃんばあちゃん連れて近くの糸山へ花見に行ってきました。サクラも満開できれいでした。来島海峡の景色も含めて、近場で花見ができるのはいいですね。サンライズ糸山で昼食して帰りました。アルバムへ。

ユハルくん送別会(11.3.20)

 トモユキくん達が4月から相模原市へ引越しすることになり、ユハルくんともなかなか会えなくなりますので、アヤさんの御両親も来ていただき、我が家で食事会をしました。エリカさんもちょうど帰ってきましたので食事の準備を手伝ってもらいました。ユハルくんは残念ながらまだ独り立ちができませんが、もう少しでしょう。でも、いろんな表情とリアクションとを見せてくれました。ただ、機嫌が悪かったのか、普通なのか、人見知りし始めたのか、michan が抱くと必ず泣くのです。あーあ、「じいちゃーーん」と走って抱きついてくるイメージしかないもんだから悲しいね。
 東北関東大震災の影響で、相模原市も計画停電が続くようですが、この地域でさらなる大地震が起きませんように。アルバムへ。

手根管症候群手術(11.3.2)

 michanは、2月はじめころから左手の指が痺れてきて、異常だと感じ、病院へ行きましたが、県病院の整形外科では手根管症候群だろうということでした。他にも原因がありそうなので頚椎のレントゲンも撮りましたが、断定できませんのでしばらく様子をみることにしました。しかし、だんだん左手が浮腫んできて指も動かなくなり、何より毎夜、寝られなくなるほど痛くなり、自分でも手根管症候群だと納得しつつありましたので、病院へ行き、すぐ手術してくれと言いました。
 手根管症候群とは、手首にある血管や神経が通っている手根管と呼ばれる細い管が靭帯等で圧迫されて神経に異常をもたらすもので、原因ははっきりしてないようです。自然に治る場合もあるようですが、ひどい場合は手術しなければ治りません。手術は内視鏡でする医師もいますが、michanの医師は13針縫うほどガバッと開いて、圧迫している靭帯をいくらか切断して通路を確保したようです。
 手術のための麻酔は、伝達麻酔という脇の下の神経へブロック注射をして局部麻酔もする方法でした。そのため、前日から入院し、手術後も麻酔薬を完全に抜くため点滴を続け、さらにもう一夜入院しました。後で聞けば、この程度の手術は、強く希望すれば局部麻酔だけで日帰りも可能だったようですが、県病院ではこれが標準になっているようです。 
 手根管症候群の原因ははっきりしてないそうですが、michanの場合は指に負担が掛かる仕事もしてないし、肥満が原因ではないかと密かに思っています。手術後は、夜寝られない独特の神経系の痛みは無くなりましたが、浮腫みや痺れは当分続くようです。しばらくリハビリにも通います。
 入院は嫌ですね。たった二泊だけですけれど、6人部屋でもあるし別世界のようで辛かった。まるで病人ではないか!? 健康が何より。病院内で結構知り合いに出会いました。アルバムへ。
 
 

ユハルくん誕生日(11.2.12)

 ユハルくんの1歳の誕生日を大三島の富士見園でお祝いしました。一升餅を背中に負わせて写真を撮りました。トモユキくんは出張で参加できませんでしたが、みんなで楽しくユハルくんと遊びました。飽きませんねー。まだ独り立ちはできませんが正月よりしっかりしてきてます。相変わらず泣きみそですが。
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正月(11.1.1)

 初詣は吹上げ神社に行きましたが、長蛇の列で並ぶ気になりませんで、今年も竹林寺へ参ってきました。二日にユハル君たちが来まして、このときは石井の氏神さんにも参ってきました。やっぱユハル君中心になりました。
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帝釈峡(10.11.7)

 じいちゃんばあちゃん連れて、美人妻と広島県の帝釈峡へ紅葉を見にいってきました。紅葉のきれいな場所では散策しながら眺めるところが多いですが、帝釈峡の神龍湖には遊覧船があることを思い出し、遊覧船からならほとんど歩かなくとも紅葉を楽しめそうです。クルマで3時間もかかりますが。
 遊覧船は良かったのですが、景色はいまひとつ、曇り空のせいかも知れませんが、一週間後にはまだまだ紅くなるでしょう。ここは、上帝釈から渓流沿いに観光スポットに立ち寄りながら散策してくるのがベターのようです。
 ところで、昼食場所に選んだ少し離れたところにある「休暇村帝釈峡」がすばらしかった。キャンプ場やログハウスのコテージもあり、広い敷地内は芝生とむき出しの石灰岩と、黄と紅の空気に包まれていました。まあ、ここは人工的に自然を演出させているところですが、そのほうがきれいに感じてしまうのはどうしたものでしょうか。平日にどれほど人が訪れるかは知りませんが、バイキング料理もステキでした。食べ過ぎてしまいますが。
 帰る途中で上帝釈にも寄りました。もみじまつりが開かれていました。ここの雰囲気も良く、ここから神龍湖まで歩きたかったです。じいちゃんばあちゃん相当お疲れのようでした。アルバムへ。

ケーコさん宅訪問(10.9.19)

 ケーコさん達が松山で新マンションを購入し、引っ越してきました。9月20日がばあちゃんの誕生日で、それも含めて19日に新宅へ呼んでくれました。じいちゃんばあちゃん、美人妻と4人で訪問してきました。10階で松山城や総合公園が目の前に見渡せる良いロケーションのところです。天気も良く、残暑ですが窓を開放して涼風が入ってくるので清々しかったです。マンションは間取りは合理的で、駅や空港にも近く、病院やショッピングにも非常に便利そうなので、一軒家との比較では考えるところですね。
 美味しい昼食をご馳走になり楽しいおしゃべりしましたが、じいちゃんはお疲れになってきたようだし、ばあちゃんはワケがわからんようになってきましたので帰ることとなりました。アルバムへ。

鳥取砂丘(10.8.17)

 盆の17日に鳥取砂丘へ行ってきました。美人妻が旅行券をもらって、michanとエリカさんは実費で参加しました。岡山の淡水真珠宝石店と備前焼登り窯へ寄って、昼食もそこでとって目が覚めたら鳥取砂丘へ着いていました。宝石店では、実はここが旅行のスポンサーみたいですが、エリカさんも淡水真珠のネックレスの着用モデルにされ、michanも買ってもいいかなと思いましたが、少し高いのでやめました。予想よりゼロがひとつ多かった。
 鳥取砂丘はmichanは3回目ですが変わってないですね。どうせなら一日中歩いてもよさそうですが、出発時間はすぐきましたのでソフトクリームを食べてバスに乗り込みました。暑いので皆さんもあまり歩かず土産物ばかり買ってるようでした。
 帰りは違うルートを帰りましたが、しばらく日本海を眺めながら国道を西へ進みました。こちらとは少し違う景色を楽しめました。アルバムへ。

カノン・シオン来ました(10.7.22)

 ヨシトくん夫婦がブラジルから一時帰国していましたが、カノン、シオンを連れてじいちゃんばあちゃんに会いにきてくれました。michan宅で簡単な夕食をしました。ヤスシくん達とも一緒に少し飲みました。カノンとシオンはあまりおとなしい方ではないフツウのお子様達なので、お相手はみなさんそれなりのようでした。マリコさんはこちらでもあちらでもとても元気でないとやっていけませんね。ブログでわかるけど。アルバムへ。

玉川散歩(10.5.30)

 玉川のフラワーパークへじいちゃんばあちゃんを連れて藤を見に行きました。ところがシーズンを過ぎていてとっくに終わっていました。せっかくだから散歩して帰りました。ここは天然の鹿もいるそうですが、少し歩いても見つかりませんでした。眼下にはダム湖でボート部が練習しているのが見えます。アルバムへ。

ユハルくん初節句(10.5.2)

 ユハルくんの初節句のお祝いをしました。尾道のレストランでみんなで食事してから、近くのトモユキくん達の宿舎で、お祝いに頂いた兜を飾りつけました。外は天気がよく、少し歩いても気持ちがよかったです。まだ3ヶ月にもならないユハルくんですが、「立派な物を頂きましてありがとうございました。」と、嬉しそうに兜を見ながら上手に言えました。カシコそうだ・・・。アルバムへ。

積善山・開山花見(10.4.11)

 久しぶりに美人妻と二人だけで花見に出かけました。写真できれいな桜が紹介されていましたので、岩城島の積善山まで行きました。生口島からフェリーで約7分で岩城島に着きました。パラグライダーの滑走台がある山頂の桜はきれいでしたが、天気はあまりよくなく360度の景観と桜のコラボレーションはいまひとつでした。
 ところで、帰りに島内のコンビニで、見たことのあるクルマを発見しました。なんとトモユキたちではありませんか。まだ2ヶ月のユハルくんも連れて積善山の桜を見にいくところでした。こんなところで会いますかねー。ほんのひとときでしたが、予定外にユハルくんを抱くことができてよかったです。
 それから帰る途中で、さらに伯方島の開山(ヒラキヤマ)の桜も見にいきました。雨が降り始めましたが、かえって混雑せずよかったかも知れません。やはりこの辺では一番見ごたえのある場所だと思いました。アルバムへ。

大阪観光(10.4.1)

 エリカさんの入学式に出席するという理由で美人妻は大阪に行きました。エリカさんのマンションでの生活準備にマコトくんもいろいろ手伝ってくれたそうです。その他の時間は、イッちゃんも呼んでタカラズカや吉本新喜劇を見て、淀川での花見等してきたみたいです。アルバムへ。

ユハルくんお宮参り(10.3.21)

 ユハルくんのお宮参りに大山祇神社へ行きお祓いを受けてきました。michanは自分の子供達のお宮参りには一切参加したことありませんでしたので、孫にはちゃんとしてやりたかったのです。トモユキくんはめんどそうでしたけれど・・・。お祓いの最中は撮影できませんでしたが、和太鼓と和楽器の笙(しょう)の生演奏が、短時間でしたが雰囲気を出していました。
 近くの料亭でみんなで昼食をして、アヤさんのご両親の家へおじゃましてお茶して帰りました。アルバムへ。

堺観光(10.3.13)

 エリカさんの大学入学で大阪堺市まで学生マンションを探しにいきました。13日の夜には京都にいるマイコさんも来て、14日は4人で堺市内を観光しました。堺市は予想以上に歴史ある町で、奈良時代からの古い仏閣も多く、仁徳陵古墳に代表されますが古墳だらけです。そして、古代から重要な貿易港でもあり、与謝野晶子、千利休生誕の地でもあって観るところはたくさんあります。
 オレンジフェリーで13日早朝に大阪南港に着きました。夜は有馬温泉に泊まりたかったのですが、やはり土曜日はどこも満室で無理でした。そこで市内の高級ホテル、リーガロイヤル堺へ泊まることにしました。洋室で4人部屋があり、安上がりになりました。
 マンション斡旋は10:00からでしたので、たまたま時間つぶしに寄った百舌鳥八幡宮の敷地内では、なんと本物の力士を見ることができました。追手風部屋の力士が翌日からの大阪場所のために早朝練習をしていました。東京から遠征してきてこういうところで練習して午後の勝負に臨むのですね。目の前で本物の力士の練習を見れて感激しました。その後、学生マンションを数軒まわって決定してから、市内をブラブラ歩いて観光地を見てまわりました。その時、大通りで伊予銀行の看板を見つけてびっくりしました。こんなところに出てくる必要があるのだろうか?そして、リーガロイヤルホテルでマイコさんと合流して夕食にしましたが、立派なホテルでした。
 14日は、早朝の堺魚市場を見学して、仁徳陵古墳、大仙公園、ハーベストの丘、児童館ビッグバン、法道寺等を見てまわりました。ビッグバンは、事業仕分けでヤリ玉にあがっていた大阪府立大型児童科学館のことで、どんなに立派過ぎるものなのか興味があったので見にいきました。確かにすごく金をかけている施設ではありました。アルバムへ。

初孫誕生(10.2.12)

 トモユキ君とこに長男が生まれました。12日19時52分、予定より2週間ほど早く帝王切開でした。やはり少しおちびちゃんで、2344グラムでしたが母子ともに元気なようです。美人妻は13日に病院まで会いにいきましたが、michanはまたの機会にしましょう。写真は美人妻がその時撮った生後約17時間のものです。アルバムへ。

 名前は結遥(ゆはる)になりました。読めないし、女の子とずっと間違われるだろうな。

元旦(10.1.1)

 今年の正月は何となくいつもと違い、年末もいつもになく大掃除に力が入り、それゆえ疲れたのか美人妻と大声で喧嘩しながらの掃除でしたが何とか間に合い、元旦は久しぶりに着物を着てみようという気になりました。
 例年より早く起き、トモユキ夫婦も来て、じいちゃんばあちゃん含めて全員でお屠蘇やおせち料理、お雑煮をいただきました。いや、だれか足りない。そうだ、エリカさんは受験生で高校の正月特訓とかいうのへ行ってました。元旦にそんなことするかー?でも何となく楽しい正月でした。アルバムへ。

家庭菜園(09.12.20)

 庭の西洋芝が枯れてしまって、美人妻の希望通りに野菜畑にすることにしました。タッチャンに教えてもらいながら耕すのも手伝ってもらって、苗や種を蒔きました。10月に耕しましたがホントしんどかった。じいちゃんが水遣り、ばあちゃんが草取りして・・・?ようやくダイコンも食べられるようになりました。
 ダイコンもニンジンも小さく、間引きを遠慮し過ぎたようです。アスパラを植えたつもりがアスパラ菜という別のものだったり、レタスも硬いし、いろいろ次回への課題がわかってきました。でも、後は美人妻にまかせよう。アルバムへ。

ダイヤモンド婚式(09.12.12)

 じいちゃんばあちゃん達の結婚60周年、ダイヤモンド婚式をお祝いしようと4家族で、大島の千年松で一泊どまりの宴会をしました。コージ義兄さんの退職慰労会も兼ねてやりました。千年松は景色はいいし、こういったイベントにふさわしいセンスのよい海宿でした。海鮮料理はもちろんいいのはわかってたことですが、「満天の湯」への石の階段はおばあちゃんにはきつかったな。
 11日の夜、宴会をして12日は大島の名所を廻りました。亀老山、青山石工房、村上水軍博物館、そして、いきいき館で海鮮バーベキュウの昼食をとり、帰りました。大人8人がホント開放的に楽しめた一日でした。

 年の瀬に ツワモノどもが 千年松

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